【第51回】1日1つ、読むだけで分かる大学受験の教養365
最高の受験期
中途半端にやるから辛い
受験期は辛くて当然と思っている受験生も多いでしょう。私もその一人でした。勉強や努力が大嫌いだったので。
ですが天才すぎる友達に憧れ、偏差値36から1年独学で早稲田を目指し、毎日12時間本気で試行錯誤しながら努力していきました。
そして気づけば、勉強が大好きになり、受験期が楽しくて仕方がなくなったのです。受験前には「もうこの受験期が終わってしまうのか」と思っとほどです笑
これは本気でやったからです。中途半端にやると後悔ばかりが残るので辛くなります。私の受験期は後悔がなかったので、楽しむことができました。
失敗は当たり前
もちろん失敗や挫折は人一倍しましたが、それは後悔していません。元々完璧な人間じゃないので。
勉強をしすぎてストレス過多になり、1週間寝込んだこともあります。ですがそれは休憩の重要さを知らなかったバカな私からすれば当たり前だったのです。
それが私の最善だったのです。あの時は休憩せずに15時間無理して勉強するのがいいと思っていました。
そこでその重要性に気づき、毎日休憩を徹底した結果、15時間勉強の時より遥かに多い量をこなすようになったのです。

失敗はそこから学べれば失敗ではありません。失敗を恐れて、何も挑戦しないことが本当の失敗です。
もちろん、模試前日に緊張で勉強に手がつかず、どうせならと思ってビリギャルを見た時もありますし、国語で思うような点が全く取れず自暴自棄になったこともあります。
それでも、無限に散歩をして自分の感情や欠点と向き合い、解決するために試行錯誤し、挑戦し続けたので成長し続けることができたのです。
なので失敗した分成長できました。そうなれば、挑戦したもん勝ちですよね。

全てが青春だった
受験期は挫折や苦悩、成長や達成感、本当に多くの気持ちや体験をすることになりましたが、それら全てが青春でした。
今は辛く、投げ出したい時もあるでしょう。それもまた後から振り返れば、いい思い出になります。
「あの時、勉強を続けて本当に良かったな」っていつか必ず思えます。
本気でぶつかるから辛くなるのです。そして人はその分成長します。楽に生きるより、辛く生きる方が何倍も強くなりますよね。
後から振り返れば、受験期の全てが青春になります。なので、本気で立ち向かってください。その分濃い思い出が増えますよ。
受験期の思い出①
これは私の思い出の一つです。受験期の全てが青春でした。
先ほども言いましたが、高3の5月のGWに私は1週間寝込みました。それを最終日の前日に友達に言ったら、「明日15時に逗子駅に来な」と言われました。
当日に駅に着くと、模試終わりの天才の友達2人が来てくれ、そこから何時間も散歩をしてくれたのです。
私の悩みを聞いてくれては肯定してくれ、バカな話で笑い、気づけばメンタルが回復していたのです。
受験期の思い出②
他にも思い出は山ほどあります。
金銭的な問題で、独学で早稲田に行くと友達に言ったら「俺たちに任せろ」と言ってもらい、泣いてしまったことは忘れられません。「絶対に彼らのために受かる」と決心しました。
彼らの塾のチューターを使って何故か私の計画を考えてくれたり、体育の時間にランニングしながら日本史の勉強法を教えてくれたことも覚えています。
ある日学校に着いたら、友達に、「これやりな」と言われて分厚いファイルを渡されました。
それを見ると、私のために200枚ほどプリントをコピーして、綺麗に畳んで私にくれたのです。それをやったらめちゃくちゃ伸びました。
2ヶ月で英語の偏差値を20上げ、61を取った時は「偏差値60はかっこいいな」と言ってくれました。自分は70をゆうに超えてるのに。
こういった彼らとの思い出は山ほどあります。本当に彼らがいて良かったです。いなければ目指そうとすらしていませんでした。
彼らに教わり、助けられて支えられ、彼らを必死に追いかけた日々は私の人生でかけがえのない思い出になりました。本気で追いかけたのでそれだけ濃くなったのです。

受験期の思い出③
他にも些細な思い出も沢山あります。
クラスはみんな元気で楽しかったので、授業中にクラスみんなで爆笑したことも沢山あります。また、私が内職ができずに逆に先生にキレていたこともあります笑
朝6時半に学校に着いて一人で勉強していたことも、授業中に全部内職していたことも思い出です。よくやってたなって思います笑
雪の日にみんなが学校をサボっている中、走って行く友達がいたことも覚えています笑
普段勉強しかしていないので些細なことでもすごい印象に残りました。全ての娯楽を経って努力し、仲間と共に頑張っていたので、絆や団結力も強かったのです。
私がキレてしまった先生にも、卒業間際には褒められました。「こんなに勉強をしていた学年は初めてです」と言ってくださいました。
ですが、受験が終わって卒業直前に私がパーマをかけてきたら校則違反でブチギレられて美容院に行かされました笑
本気でやっていると、なんでも楽しい思い出になります。
受験期の思い出④
親とも思い出は沢山あります。
私は元々指定校で大学に行けと言われていました。一緒に指定校を目指してた友達がいきなり「俺は腹を決めた。青学に行く」と言い出して、私は何故か不安に駆られました。
その日に沢山考えYahoo知恵袋で「1年でゼロから明治に行けるのか」を調べました。すると、行けるらしかったので、私も行くことにしました。
バカだったので「誰かが行けたら俺でも行ける可能性はあるだろ」と思いました笑
それをお母さんに言うと、「あんたはバカなんだからやめなさい」と言われます。それでも私は感情論でぶつかり、部活を辞め、勉強を始めます。
ですが片親だったので、「塾には行けないよ」と言われたので後から自分で死ぬ気で勉強法を調べました。
毎日12時間勉強し、私が生まれて初めて本気で努力していたので、次第に何も言わなくなりました。
そして、模試でいくら結果を出してきても私が受かることを信じれず、いつも心配そうにしていたのです。
それでも私の自由にやらせてくれ、何一つ文句や指導はしないで見守ってくれました。私にとって、これが本当に助かりました。怒られていたら勉強したくなくなるので。
そしてセンターで法政に受かったのですが、明治や早稲田の受験前に入学金を払わないと行けなかったのです。これは今でもある、受験の闇システムです。
お金があまりないのに、「20万払おうよ」と言ってくれたことに私は感謝しました。ですが大金であることは分かっていたので「絶対払わなくていい。早稲田に受かるから」と言って、私は勝負に出ました。
そして明治に受かり、早稲田に受かったことを伝えた時はスーパーで大騒ぎだったようです。おばあちゃんは泣いていました。
私が誰よりも努力していたのを一番近くで見守ってくれていたので、人一倍喜んでくれたのです。
後から知ったのですが、私は神頼みが嫌いだったので自分で神社にすら行かなかったのに、お母さんは陰で神社を巡ってお参りし、お守りも沢山買ってくれていました
受験前に、「やけに沢山持たされるな」と思っていましたが、お母さんの優しさと気遣いで、黙ってやってくれていたのです。プレッシャーがかからないように。
受験本番では色んな人にもらったお守りや鉛筆、ちょっとしたグッズなどが勇気に変わったので本当にありがたかったです。今でも感謝しています。
私はクソガキだったので、幼少期から本当に多くのいざこざが親とはありましたが、無事に早稲田に受かり、卒業でき、今では立派に働くことができています。
感謝しかありません。親の偉大さは大人になってから分かります。高校生は今から感謝を忘れないようにしましょう。
本気で努力したので、親孝行もすることができました。本気でやればいいことしかないのです。






